それって本当に「ポイ」捨てゴミ?【今週の”発見”】

@とーちゃん 今週の”発見” 写真 日常

こんにちは、poypoy会計担当のとーちゃんです!

新年が明けて数日が経ちましたね!

僕も、実家から大学のある一人暮らしの家に帰ってきて、2026年の一人暮らし生活がスタートしました!

そんな中、街を歩いているとふと気になる景色に出会いました。今週の”発見”は、ポイ捨て?ゴミが溜まっている場所にまつわる考察です。

駐車場で見た光景

買い出しに行った帰りに見かけた、駐車場の隅っこや、水を通すための細い水路のような場所。ふと足元に目を向けると、そこには驚くほど多くのゴミが溜まっていました。

空き缶、ペットボトル、吸い殻、ビニール袋…。

風で飛ばされてそこに集まったものもあるでしょう。しかし、あきらかに

「そこに置かれた」

と言わんばかりに、窪みの隙間にきっちりと収まっているゴミも少なくありません。

これはもはやポイっと捨てたポイ捨てゴミではなく、意図的に捨てられた放置ゴミなのではないだろうか?

「無意識」か、「隠蔽」か

「ポイ捨て」という言葉からは、無造作に、あるいは無意識に手を離してゴミを落とす動作を連想します。

しかし、窪みに捨てられたゴミたちを見ていると、そこにはもっと人間心理が働いている気がしてなりません。

僕が立てた仮説はこうです。

「人は『捨てる』という罪悪感を軽減するために、あえて『見えにくい場所』を選んで捨てているのではないか?」

・「隠す」という意志
平らな地面に捨てれば目立ちますが、窪みに入れてしまえば、普通に歩いている分には視界から半分消えてしまいます。「見えなければ、やっていないのと同じ」という身勝手な心理が、わざわざ窪みを選ばせているのではないでしょうか。

・「収まり」の良さを求める矛盾
ゴミを捨てるというマナー違反を犯しながらも、その場所の「隙間」にフィットさせることで、どこか「片付けた」ような錯覚、あるいは「ここなら邪魔にならないだろう」という訳のわからない配慮が働いているようにも見えます。

「ポイ捨て」は本当に正しいのか

もし、わざわざ隅に寄って屈んでまでして窪みにゴミを押し込んでいるのだとしたら、それはもう「ポイっと」のような動作ではありません。

そこには明確に「ここに隠そう」という強い意志があると思います。

「ポイ捨て禁止」という看板などはよく目にしますが、実は僕たちが向き合うべきは、無意識な動作よりも、この「隠そうとする意思」なのかもしれません。

豊かなまちづくりのために

豊かなまちづくりを目指す上で、普段目に行かなくても、ふとした瞬間に感じてしまうこのようなストレスは減らしていくべきです!

僕自身、poypoyの活動を通してポイ捨てに対する意識が日々変化していますが、街の表面的な綺麗さを目指すだけでなく、こうした「隠してしまおう」という意思にも向き合っていく必要がありそうだと痛感できる発見になりました。

それでは、また次の「今週の”発見”」でお会いしましょう!